(via lowsmoke405)
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is the word created by laurent garnier many years ago to explain a japanese girl with russian hat and a lot of beer.Following
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(via lowsmoke405)
hsmt:
Altered Book: Looking for Signs of a Safe Return Home (via goddess_spiral)
息子が発表会に来ないでほしいって言うんです、と彼女は訴え、長いため息をついた。
彼女の四歳の息子はそれまで楽しそうに保育園に通い、発表会で披露する踊りを踊っていたんだけれども、ちかごろ練習をいやがるようになり、保育士が尋ねても理由を言わない。保育士から相談された彼女が家で息子にどうしてと訊くと、息子は「ママに見られるのがはずかしいから発表会がいやなの」と言った。ママが行かなければ踊るのかと訊くと、うんと頷く。
そりゃあねえ、お遊戯ははずかしいですよ、と彼女は言った。
はずかしいと言われたら、否定はできません。だって私もやれって言われたらいやですもの、お遊戯。頭に紙でできた花とか飾らなきゃいけないし。でもそれはもう少し大きい子の感覚じゃないですか。ノリノリでお遊戯して、ママが見に来てくれなきゃいやだ、くらいのことは言えないものかと思います。なにしろ園児なんだから。
そうですねと私は言う。それが望ましい幼稚園児というものですよね。
でも、と彼女は言う。自律や礼儀の問題ならともかく、この場合、園児なんだから園児らしくしなさい、では理屈が通りません。
たしかに、「もっと無邪気でいろ」というのは、子どもにとってわりときつい要求といえる。「はずかしいのを我慢しなさい」というならともかく、自然に感じる感覚そのものを否定することはなるべく避けたい。私がそう言うと、彼女はうなずいて続ける。
たとえばプールに入るのに水着になるのがはずかしいと言ったら「はずかしくなんかない」と諭せます。だって、水着を着ることがはずかしくないと感じる子になったほうが、息子自身が楽しいはずですから。でも、ママ限定でお遊戯を見られるのがはずかしいと言われたら、ごり押しして「はずかしくなんかない」と言い切ることは、私にはできません。はずかしいという感覚自体は大切なものです。
私はなんだか嬉しくなり、私その考え方、すごく好きです、と言った。彼女はありがとうと言い、でも発表会行きたいですよう、となさけない声を出した。私だってビデオ持ってうきうきして発表会に行って、ズームでばっちり息子を撮って家で何度も見たりしたいですよ、それをあの子ったら、まったくもう。
(via uuiuu)
attn: nakedlake
10年ほど前、某美大で「自腹でアートを買う」という授業を行った。「画集」購入は「反則」として禁止。その結果「アートには金を出して買う価値のあるものがない」「展覧会には金を出すが、基本は無料で見るもの」という者が続出した。「では自分の作品は?」と聞くと「自分の作品は例外」となった。
omuraji
2010-03-12 11:08:12
美大生の一人はアート作品を買いたくない理由として、「ウザクて自分の部屋に飾りたくない」と言った。「何かの表現であるアート作品は、生活を共にするのに鬱陶しい」。
omuraji
2010-03-12 11:21:32
そして彼等の多くは「アート作品」の代わりに、家具や、フィギュアや、カレイドスコープやらを買ってきた。「こっちの方がいわゆるアート作品などより、自分にとってはアートです」。
omuraji
2010-03-12 11:23:29
アーティストになろうとしている(多くはなろうとしていないかもしれないが)美大生のこの自己矛盾。しかしまた多くのアーティストもまた、熱心なコレクターではないのも確かだろう。
omuraji
2010-03-12 11:28:55
授業の最後のあたりで「自分の作品を自分で買いたいと思う?」と聞く。「微妙」という答えが帰ってきた。
omuraji
2010-03-12 11:30:00
Togetter - まとめ「美大生はアート作品を買わない。」 (via ssbt) (via halfdry) (via ricochet-)
泰:前後の文脈、コメント欄も要チェック
(via nanospectives) (via 2425)